目先の失敗よりも、「未来の自分」が成長する選択を。

高校生のとき、わたしは音楽コースのクラスメイトの中で1番演奏が下手でした。

ピアノ以外にも、声楽、フルート、バイオリン、クラリネット、サックス、作曲…いろんな専攻のクラスメイトがいたけれど、32人全員の中で自分が1番できないと思っていました。

 

というのも、わたしは本番で、途中で止まらずにまともに弾けたことが1度もなかったから。

緊張しすぎて指が思うように動かなくて。「指が動かない」ことに意識がいくから、演奏に集中できない。集中していないから、少しでも間違えたらそれに気をとられて演奏が止まったり、弾き直したりしてしまう。

とにかく、最初から最後まで止まらずに弾けるかどうか、というレベルだったから、音楽性が…とか表現力が…とか言えるような演奏ではなかったのです。

 

 

高校では、年に何度かクラスメイトの前で演奏することがあったけど、下手すぎてクスクス笑いがおこることがあって、いつも悔しさと恥ずかしさとでいっぱいでした。

 

今考えたら「よくそんな状態で、音楽コースを選んだな。」と思う反面、「よくそこから、今みたいなレベルに成長できたな。」という気持ちもあります。

 

 

1曲まともに弾けるか弾けないかレベルだったわたしが、4年間の音大生活の間で劇的に上達して、ピアノ科首席で卒業できたのは、未来の自分が成長する選択をし続けてきたからだと思います。

もし失敗したとしても、できなかったとしても、その選択が未来の自分につながるのだったらやってみる。迷うくらいならやってみる。そんな気持ちで、弾いてみたい曲があればどんどん挑戦していきました。

 

 

そういう考え方をするようになったきっかけは、音大に入学する頃にさかのぼります。

 

音大に入学する少し前に、レッスンに行ったときのこと。(恩師には高校2年生からレッスンを受けてた)受けてみたいコンクールがあって、どんな曲を選んだらいいのか?と先生に相談したことがあって。

先生は少し考えて、「プロコフィエフの『ピアノソナタ第1番』か『束の間の幻影』から数曲か、がいいよ。」と言われました。

ところがそのあとすぐに、ひとり言のように「ピアノソナタは最初がちょっと難しいかも…」と言って、「束の間の幻影から何曲かにしましょう」となったんです。

 

 

普通だったら、そこで『束の間の幻影』を選ぶと思うんです。

先生が言われた曲だし。自分から「何弾いたらいいか?」聞いたうえでの選曲だし。

というより、プロコフィエフどころかロシアの作品自体弾いたことないし・・・。

 

 

だけどわたしは『ピアノソナタ第1番』を選びました。笑

なんとなく、大曲をバーンと弾けた方がコンクール受けしそうな気がしたし。

単純に難しそうな曲を弾けた方がカッコいいし、難しそうな曲も弾けるようになりたかった。そんな理由でした。笑

 

 

それで、弾いてみたい曲を選んだのはいいのですが、とにかく譜読みが大変で。

片手では弾けても、両手になると全く弾けない。2小節単位くらいで、毎日少しずつ練習していきました。(最初がちょっと難しい…レベルじゃなかった。笑)

 

もちろんプロコフィエフだけじゃなく、バッハとかショパンのエチュードとか、ベートーヴェンとか、他の曲もやっていたから、本当に少しずつしか弾けるようにしかならないんです。

「これ、本当に弾けるようになるんだろうか…」と何度も頭をよぎりました。

 

でも挑戦するのを辞めようとは思わなかったんです。

もともとが下手すぎたから、今さら失敗したところで何も変わらないし、失うものは何もないと思っていて。とりあえず「もう無理」ってなるまでやってみたら、何か変わるかもしれない。そんな気持ちの方が強かった気がします。

 

 

譜読みを始めて1ヶ月くらいが経って、やっと途中までレッスンに持っていけるようになって。

超ギリギリの仕上がりで、コンクールの予選を受けて。これも超ギリギリで予選通過して、本選まで行けて。(全国大会には行けませんでした)

 

 

結局1年近くかけて、『ピアノソナタ第1番』を自分のものにしてみたら、1年前の自分とは比べ物にならないくらい成長できて、それまでとは違った世界が見えるようになりました。

 

  • 譜読みが早くなって、早い段階から音楽性の部分まで考えられるようになったり
  • レッスンで「自分はこう弾きたい」と意見を伝えられるようになったり
  • それまでは3曲取り組むのがやっとだったのに、6曲くらい同時並行できるようになったり
  • あんまりクラシックに興味がなかったのに(音大生のくせに)、「もっといろんな曲を知りたい!」と思えるようになったり

だけどなによりも、自分の演奏に少しだけ自信を持てるようになったことが1番大きかったかなと思います。

 

 

そんなことがあって、「今の自分ができるか、できないか」ではなくて、その選択で少しでも未来の自分が変われるのだったら挑戦する価値がある、という考えを持つようになりました。

 

もし失敗したとしても、できなかったとしても、そこから学べることがあればいい。

迷うくらいなら、つべこべ言わずやってみる。

 

ピアノに限らず他のどんなことでも。何歳になっても。

そう考えていられる自分でありたいと思います。

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